学校の先生が「こういう子は教えやすい」とか「こういう子は教えにくい」といった発言を公の場でする機会は少ないだろう。
心では抱いていながらも、その発言をすることで保護者や上から制圧を受けることは容易だ。
程度の差はあれ塾講師とて、同じようなものだ。
少子化の、激しい顧客獲得の状況において 教えやすい子・教えにくい子 という思春期の中学生の内面的な部分は、指導上なんら影響を及ぼさないという認識がある。
むしろ、如何なる生徒であれプロである以上やる気を啓発させてナンボだという発想が塾にはあるように思えた。
理論上は分かっているつもりだけど、どこかにためらいの気持ちを抱く事はあった。
色々な要素や葛藤はあったけれども(僕の豊な人生を参照ください)最終的なところ、僕が先生を職として生きる事を断念したのはここにあったと思える。
講師の仕事は、営業的な役割が大きくそこがかなり馴染めなかった・・
教える側が生徒に対して抱く特性にはおよそ次なるものが挙げられる
@能力(理解力みたいなもの) Aやる気 B素直さ C品性
僕が学生時代に、働いていた下町の塾では地域的な特色からか、全体の傾向として
@能力 → それほど高くない
Aやる気 → ある子が多い
B素直さ → 素直な子が多い
C品性 → 悪い(不良みたいな)子が多い
対して神奈川の塾は、月謝もそれなりに高く、選抜テスト等もあるため雰囲気が一変し
@能力 → 高い子が多い(低い子もいるけど)
Aやる気 → 全体的に感じられない(やらされている感が強い)
B素直さ → 微妙なところ
C品性 → 非常に良い(親に伝えればほとんど解決)
さて、あなたがもし先生ならばどちら側を指導したいですか?
僕は、間違いなく前者ですね。。
これは、経験による印象やその背景も十分に影響してますがやる気が無く、素直でない子を教えるのはほんと頭にくる事が多い
なんとなーーく塾に来て、なんとなーーく勉強して、なんとなーーーくテストとか嫌がってみたりして、それでもそれなりの情報を塾で貰ってるので学校の成績はよい
こういう人間は正直なところお父さんは大嫌いなんです
同じ事を何回も言ってるのに全然覚えられなくて、それでもこのままじゃヤバイと思っているので必死に教えて欲しいと思って塾に来る子
やはり、そういう生徒が一人でもクラスの中に存在するとその子の為に必死で分かりやすく教えてやろうって気持ちになるのは否めない
そして、そんな子の成績が上がると心底喜べるのだ
そんな訳でお父さんの定義する「教えやすい子」の重要度的には
やる気(55%) + 素直さ(30%) + 能力(10%) + 品性(5%)
という感じです
ただ、僕が思うにね品性はともかくとしてこのバランスは社会でも十分通用すると思う
学校で教わる勉強なんっつーのはなんとなーーくでもこなせるかもしれないけど、何か障害にぶちあたって解決してゆくものっていうのは、能力的な部分よりも精神的な部分の方が大きいからね
もちろん、能力と気力がともに優れた人間にはかなわないけど、例え多少才が劣っていたとしても、気力の優れた人間はやはり魅力的なんだよな
ちなみに、今家庭教師で教えている子は
@能力 → まぁまぁ高い
Aやる気 → あまり感じられない(やらされている感じ)
B素直さ → ほとんどない
C品性 → あまり良くない
実は僕がかなーーり苦手なタイプだったりして・・
ただ、マンツーマンならどうにでもなるけどね
アルバイトとはいえ、家庭教師でもイロイロと思うところはある今日この頃である・・
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